「法務省家庭部会に騙されるな」正論令和4年10月号 弁護士上野晃

親権を考える

「法務省家庭部会に騙されるな」弁護士 上野晃 

「正論 令和4年10月号」上野晃 神奈川県出身 早稲田大学 2007年弁護士登録 東京弁護士会 弁護士法人日本橋さくら法律事務所代表弁護士

令和6年6月 民法改正法案(共同親権法)は国会で承認された。果たして、筆者のいうとおりだったのか・・・・

「法務省家庭部会に騙されるな」

6月28日、毎日新聞一面トップに、「」離婚後の共同親権提案へ法務省、子の利益最優先」としう見出しが躍った。7月20日の讀賣新聞の記事は法務省法制審議会家族法制部会(以下「法制審」という)が、夫婦が離婚後も子どもの共同親権を持つことが選択できる案を中間試案に盛り込む方針であると伝えている。単独親権から共同親権を導入することの是非。この議論が急速に高まっている。今年の正論三月号に、私はこの問題をテーマとして寄稿し、親子の引き離しに「左派勢力」が暗躍し、家族破壊を促していると警鐘を鳴らした。そこで私は、法制審に、いあわゆる左派勢力(なお本稿でいう「左派勢力」とは「女性の権利を偏向解釈したうえで男性に対する敵対的な姿勢を示すフェミニストやジェンダーの影響を受けた勢力」だと、まず断っておく)と目される「しんぐるまざあず・ふおーらむ」理事長の赤石千衣子氏が委員として名を連ねていることを指摘し、法制審が向かおうとしている方向性に疑問を呈した。そうした中、これらの報道を一見する限り、法務省が共同親権について前向きになったように思える。

が、実態はそうではない。 

これまで1年半近くに及ぶ法制審の議論はホームページ上で確認できる、最も新しい資料である部会資料18というものを読むと、どうやら法制審は、①原則を共同親権とする案(以下、原則共同親権案)②例外的に共同親権を認める案③これまで通り単独親権とする案の三つの案を提案しようとしているようだ。

原則強度親権案、こう聞くと、法務省もいよいよ先進諸外国と同様の制度を日本に取り入れようとし始めたのかと思ってしまいそうになる。ところが、この原則共同親権案には、呆れるようなトリックが仕掛けられているのだ。すなわち法制審の原則共同親権案は、さらにA案とB案に枝分がれしている。ところが、そのいずれかを採用しても「監護者指定制度」の下、親権者とは別に「監護者」という地位を定めることができる、そして実際に子どもの養育は、その「監護者」が「単独で」行うことができるとされているのだ。

これは親権者の権限を極めて限定的にして、現実に子を育てる役割を「監護者」に委ねる。つまり共同親権とは名ばかりで、実質は「監護者」という地位を得た一人の親が子を独占監護する仕組みにしようとしているわけだ。

饅頭に例えると、肝心要の餡子の部分(日常的に子どもの監護養育)は片親が独占し、共有できるのは残った薄皮の部分(どの学校に行かせるか、どういった、医療を受けさせるか、いかなる宗教を信仰させるか等の事項の決定)だけということになる。結局のところ、現行の単独親権制とほとんど何も違わない。たくさんの案を乱立させたのは、単に世論を誤魔化すためだったのか、そんな懸念を私は強くしてる。

どうやら法務省は、単独監護を原則としつつ、親子の「断絶」さえ防げれば、それがどんな形の交流だろうとそれで一件落着だと考えているらしい。その証拠に法制審が単独監護制度を前提として用意しているのが「暫定的面会交流制度」というもので。子どもを連れ去った後に、ほどなく別居親と子どもとの交流が可能となる制度を作ろうとしている。これも一見すると良さそうな制度だが、ここにが第三者機関という利権が絡んでいる。これについては後述する。

「左派勢力」に牛耳られる法制審 

正直に言うと、私は法制審発足当初から、法制審が本気で共同親権を実現しようなどとは考えていないと推測していた。その理由の一つは、法制審の委員当の顔ぶれがあまりにも「左派勢力」に偏っていたからだ。前述した赤石氏はその最たる存在だ。彼女の主張がいかなるものであるかについては三月号で詳細に説明した。「ふぇみん婦人民主クラブ」共同代表を務めたこともある彼女は「憲法九条と二十四条はらせん状に密接に関連している」との信念の下、今も家族法の分野で実質的な護憲活動を展開している。

ちなみに「ふぇみん婦人民主クラブ」の前身は、1946年に設立された「婦人民主クラブ」であり、新左翼の受け入れを巡り分裂、受け入れに反対した会員を除名、追放した後、主流派として名称を改めたという歴史があるらしい。赤石氏の他には戒能民江氏、お茶の水女子大学名誉教授の彼女はDV(家庭内暴力)やジェンダー論を研究テーマにしており、夫の戒能通厚氏は「九条科学者の会」の呼び掛け人をしている。

また日本弁護士連合会(日弁連)が政治的に左傾化しているという指摘は以前からよくなされているところであるが、かかる指摘の当否はともかくとして、日弁連が共同親権に極めて消極的であることは疑いない。この日弁連からは原田直子氏(法制審委員)池田清貴氏(法制審委員)佐野みゆき氏(法制審幹事)の三人の弁護士が法制審に関与している。

ちなみに、日弁連副会長でもある原田氏は、女性協同法律事務所に所属している。ホームページには「女性の弁護士による女性の権利のための法律事務所」と謳われており、実際、彼女は法制審の場で「子どものために冷静になれとか、あるいは子どものために親に徹しろと言われることはとても難しい」と述べるなど、本来子どもの利益を第一に考える場にもかかわらず、子どもの利益と相反する母親の心情を優先しているとも受け取れる発言をしている。

「左派勢力」あるいは「左派勢力」と極めて近しいと思われる人物が、法制審の委員や幹事に名を連ね、参考人として意見を述べるなどして法制審に影響を及ぼしている。

その一人、大阪経済法科大学の小川富之氏は赤石氏らとともに、「STOP共同親権」なる署名運動を展開し、その署名を森まさこ法務大臣(当時)に提出している。オーストラリアが共同親権を見直しているという主張を「しんぶん赤旗」等で展開し、オーストラリアの政府機関から誤りだと指摘された。しかし彼らは指摘された間違いを法制審で堂々と意見として述べた。

裁判官たちの思惑 

法制審が「左派勢力」によって内部から蝕まれている。これが私が当初から法制審の議論に期待が持てなかった理由だ。だが、それだけではない。実は私は、昨年四月頃、つまり法制審第1回の会議が開かれて1カ月も経っていない段階で、ある筋からこんな情報を耳にしているのだ。

「法制審の結論は、単独監護ですでに固まっている。その単独監護という結論を前提として、これまで弁護士やEPIC(後述)等で行われてきた面会交流支援を拡充編成して巨大な第三者機関を作ろうとしている。要は、月に1回2時間の面会交流を第三者の監視付きで確実に行えるようにするってことだ。それで、親子断絶の問題は一件落着っていう考え。親子の交流を第三者が監視する名目はこれまでと同じくDVや連れ去りを防ぐためって言ってるけど実は一番の目的はそこじゃない。ビジネスだ。面会交流監視機関というビジネス、彼らは監視付き面会交流をこれからの離婚後の親子交流のスタンダードにしようとしているんだ、裁判所にてっても好都合だよ、だって家庭裁判所調査官や裁判官らの立派な天下り先が新たにできるのだから」

耳にした情報を私はすぐに当時連載していた、SNKEI Bizというネットメデアのコラムで紹介した、反響は非常に大きく、法制審の委員の一人から電話で「誤解です、法制審はまだ始まったばかりですから、まだ何も決まっていません、第三者機関を拡充再編成なんて、そんなことありません」と釈明まで受けた。

しかし、それから1年後、法制審の資料に現れたのは、「監護者指定制度」「暫定的面会交流制度に伴う子の代理人制度」というものであった、この「子の代理人」という存在こそ、前述の監視機関となる第三者機関であり、「子の代理人」として想定しているのは「弁護士等の法律家や、その他の団体等」と記されている。私の得た情報が、まるで予言のように的中したことに、私は驚きと腹立ちを覚えている。

面会交流ビジネスに群がる人々 

監視付き面会交流とは、どんなものか。民間にはすぐに離婚後、別居した夫婦のもとに産まれた子どもが片親と面会できるように支援している団体が存在している。これらを裁判所が任命することにし、団体や弁護士の監視のもとで、面会交流を実現しようとしている、これが法務省の狙いだ。

まず、少し考えれば気付くだろうが、この制度は、単独親権か単独監護を前提にしなければ成り立たないものだ。単独監護がすでに既定路線に敷かれてしることを裏付ける、何よりの証左である。参考までに監視付き面会交流の実施期間として最大手の団体である公益社団法人FPIC(家庭問題情報センター)のパンフレットでその概要を見てみよう。記載されたルールには、こんなものがある。祖父母等親族の面会禁止、親から子へのプレゼントの原則禁止、録音、動画撮影の禁止、親子面会中の携帯電話による外部との通話の禁止、さらには親子仲良く暮らしていた時代の過去の写真を子どもに見せてはならない、写真撮影は数枚程度なら認める・・・

まるで刑務所の面会である。明らかに非人道的だ、

この監視付き面会交流は三時間を限度としながら1回につき1万5000円から2万5000円もの費用をFPICに支払わなければならない、なおそれとは別に年三回以上の支援の場合には1万円の申込金、1年経てばさらに1万円の更新料まである。

法制審の委員や参考人には、こうした監視付き面会交流を実施する第三者機関に関わるものが複数いる。早稲田大学教授で法制審委員、棚村政行氏もその一人だ。

弁護士法人早稲田大学リーガル・クリニックという法律事務所という法律事務所に弁護士として所属する彼は「面会交流支援制度の実証的研究」「子ども養育紛争における当事者支援システムの再構築に関する研究」などといった名目で、前述のFPICなどを調査対象とし、赤石氏らと協力して研究を推進し、国から数回にわたって助成金を受け取っている。その額は合計で1千万円を軽く超えている。

事実だけに留め置くべきなので、これ以上の指摘は控えるが、法制審の監視付き面会交流促進のための第三者機関を拡充再編成する動きと棚村氏のこうした助成金を得ながらの「研究」は同じ方向を向いて足並みを揃えた動きに見える。

ちなみに、棚村氏の所属するこの法律事務所には、家事牟田太市氏と大塚正之氏という元裁判官が所属している。この梶村氏が執筆者の一人である「離婚後の共同親権とは何か」(日本評論社)の帯には「共同親権危ない!?」との記載があり、梶村氏が執筆した章のタイトルは「民法と調停・審判等の双方からみた離婚後共同親権立法化の危険性」である。

法制審に参考人として登場した、一般社団法人「りむすび」代表のしばはし聡子氏は、フジテレビの討論番組に登場し、法務省法制審の目指す方向性を支持する内容の主張を展開していたが、彼女が代表を務める「りむすび」の業務はまさに面会交流支援であり「付き添い型」という名の監視付き面会交流支援は1時間1万6千円である。前述のFPICの常務理事、山口美智子氏も法制審参考人として意見を述べている。

こうした法制審のメンバーを誰が選んでいるのか、法務官僚、とりわけ裁判官の出向組である。彼らが法制審のメンバーを選択し、自ら委員や幹事に就任し、法制審の議事に自分たちの思うように進めるべく、裏で操っているのである。

なぜ、法務省官僚が共同親権・共同監護を拒絶し続けるのか、理由はいろいろ推測されるが、真の理由が何だろうと、法務省官僚が共同親権・共同監護を拒絶しているのは間違いない。そして、それは子どもを第一に考えられたものではないことも容易に推測できる。参考までに前述のFPICの理事長は元東京高裁長官であり、このFPIC自体、家庭裁判所調査官が中心になって作った団体である。要するに彼らの天下り先というわけだ。

例外で原則を覆す愚 

先日、あるテレビ番組で共同親権を問題にしていた。番組に出演したコメンテーターがこんなことを言っていた。

「不条理に子どもと会えない親も可哀そうだけどDV被害者の保護も重要だから、答えを出すのが難しい」メデアのこうした論調が無責任なことははいうまでもないが、加えて、このコメンテーターは、今行われている議論が「制度論」であることを見落としていると言わざるを得ない。

例えば、殺人罪を考えてほしい。なぜ人を殺したら国家が処罰するのか、人殺しを許せば、当然国の秩序は乱れる、国民は安心して眠ることすらできなくなるだろう。だから、原則として殺人は罪として処罰されるのだ。

もっとも、これには例外が伴う、例えば、自身がナイフで殺されそうになってその瞬間、とっさに近くにあった刃物を手に取って相手を刺し殺してしまったという場合だ、いわゆる正当防衛であり、これが成立すれば殺人罪で罪に問われることはなくなる。

制度にはまず、原則がある、その上で原則を貫いた場合に不都合があれば、それは例外としてフォローする。このように論理的な順序がある。原則と例外がひっくり返れば、おかしなことになる。先ほどのテレビ番組のコメンテーターは、そうした制度の論理的順序を考えることを忘れている。

殺人罪の例でいえば「殺人で亡くなる人も可哀そうだけど、殺人罪を設けると正当防衛の人も罪に問われることになるから答えを出すのが難しい」と言って頭を抱えているようなものだ。何が原則で何が例外か、法制度の議論で決定的に重要な要素なのである。

法務省が2021年に実施したアンケート調査によると、離婚した原因にDV(身体的暴力)を挙げている人はわずか7,9%しかいない。これは協議離婚した人を対象とした調査だが、日本では協議離婚の割合は約9割であることを踏まれば、DVを原因とした離婚は、明らかに「例外」と言える。

たとえ離婚しても、子どもにとって夫婦は父と母だ。離婚後の子どもにとって父と母に愛されながら育つことは、「原則」として有益である。この原則論に異議を唱える人はいないと思う。「DV被害者がいるから共同親権には反対だ」というのは左派勢力が常套手段を挙げて原則を覆す」詭弁であり、それには惑わされずにこう言い返してほしい。

「仰るとおり。だからそれは例外規定として検討しますよ」と。

自民党の動き 

「左派勢力」と歩調を合わせる法務省に対して、自民党が立ち上がった。共同親権を含む、本物の共同親権を盛り込んだ民間団体の提示をした案を下敷きに、6月21日、法務大臣に提言書を提出したのだ、この提言書には「父母が離婚した場合、原則として、父母がそれぞれ、引き続き、子に対して親としての責務を果たすため、離婚後共同親権(監護権を含む)制度を導入すべきである」と書かれている。

法務省がいかに親権者と別に看護者という概念を持ち出して、姑息に誤魔化しながら共同親権の形骸化を試みようとしても、与党である自民党は、法務省の思惑を見透かした上で、離婚後共同親権(監護権を含む)を明示し法務省の単独監護案にははっきりNOを突き付けたのだ。

ちなみに、この自民党の提言書には、離婚後共同親権の導入とともに、DVや児童虐待があった場合の例外的規律も設けるべきと書かれている。まさに「原則」と「例外」とがきちんと整理された素晴らしい内容だ。 

対する法制審と言えば、1年半もかけた末、いまだ「例外」であるはずのDVや児童虐待の危険性について声高の叫ぶものの、その具体的対策についてさえ何ら語らずにいる、

DVや児童虐待の主張は、共同親権・共同監護制度導入に反対するためだけのただの方便に過ぎないのではないか、そんな疑念すら抱かずにいられない。

わが国の家族の在り方が、今決まろうとしている。子どものために命を懸けているのは誰なのか、子どもを蔑ろにして自身の立場を守ることに汲々としているのは誰なのか、国民は見極める必要がある。